映画『千と千尋の神隠しの神隠し』で人気のキャラクター、ハク。神様たちの安息所である油屋の主人、湯婆婆の側近でありながら、不思議な世界に迷い込んだ主人公の千尋を助ける優しい少年です。
インターネット上では物語のあと、ハクは八つ裂きにされたという「ハクの八つ裂き説」流れていますが、私はこの説がどうしても信じられません。
そこで今回は本当にハクは八つ裂きにされたのか、映画の中で描かれる事実を元に考察していきたいと思います。
千と千尋の神隠しの都市伝説「ハクの八つ裂き説」とは?
ジブリには、さまざまな都市伝説的な噂があります。千と千尋の神隠しにもそのような噂は多々あり、そのなかで最も多く流れているのが「ハクの八つ裂き説」です。
このようにインターネット上ではハクの八つ裂き説を信じている人が多いようです。
千と千尋の神隠しの人気キャラクター、ハクの正体と本名
まずハクが何者なのかを見ていきましょう。
不思議な世界に迷い込み、一人取り残されてしまった千尋の前に突然現れたハク。その正体は、千尋が幼い頃川に落ちて溺れそうになったときに救ってくれた、琥珀川の主でした。そのため千尋のことを「昔から知っている」と言っていたのですね。
ハクの声優は誰?
ハクの声優を務めるのは、「入野自由(いりのみゆ)」さんです。
1988年生まれで、2020年現在は32歳。千と千尋の神隠しに出演された当時は13歳でした。他にも
- 「キングダム ハーツ」シリーズのソラ役
- 『ハイキュー!!』の菅原孝支役
- 『おそ松さん』の松野トド松役
- 『機動戦士ガンダム00』シリーズ 沙慈・クロスロード役
- 『深夜!天才バカボン』バカボン役
など、有名作品に多数出演しています。
ハクの八つ裂き説が提唱される理由とそれに対する反論4つ
なぜ「ハクの八つ裂き説」がここまで広まったのでしょうか。これには、いくつかの理由が考えられます。ここでは「ハクの八つ裂き説」が提唱される理由とそれに対する反論を述べていきたいと思います。
ハクの八つ裂きの理由1:湯婆婆のセリフ
1つ目の理由は湯婆婆のセリフではないかと考えられます。
物語の後半、湯婆婆は溺愛する坊が、敵対する双子の姉妹である銭婆に奪われてしまったことで激昂します。そんな湯婆婆に向かって、ハクは坊を連れて帰り千尋を元の世界へ帰すと宣言します。それに対し湯婆婆は
「あんたはどうするんだい?!その後、あたしに八つ裂きにされてもいいのかい!」
映画『千と千尋の神隠し』より
と言い放ちます。これに対してハクは何も返しません。このことから
ハクは湯婆婆の契約を破り、八つ裂きにされることを受け入れたのでは?
という解釈されたようです。
ハクの八つ裂き説への反論
しかし八つ裂きにされることを反論してはいないものの、同時に肯定もしてはいません。そのためハクが八つ裂きにされることを受け入れているとは言い切れません。
ハクの八つ裂きの理由2:千尋の髪留めが光るシーン
2つ目の理由にあげられるのは、千尋の髪留めが光るシーンです。両親とともにトンネルを通って元の世界に戻ってきた千尋。今しがた通ってきたトンネルをぼんやりと見つめていますが、両親に呼ばれくるりと振り向く。その瞬間に髪留めがキラリと一瞬光るのです。
そしてこの光は八つ裂きにされたハクの涙ではないかと言われているのです。
ハクの八つ裂き説への反論
個人的には、髪留めとハクを結びつけるのは無理があると思います。なぜならあの髪留めは、ハクと一緒に作ったものではないからです。あの髪留めは、銭婆とカオナシ、坊ネズミ、ハエドリたちと一緒に作ったものです。ハクと結びつけるのであれば、ハクから最後に何かをもらうなど、もっと直接的な小道具があると思います。
あの髪留めはどちらかと言うと、千尋の成長の証としての暗喩(メタファー)的な要素が強いのではないかなと思います。
ハクの八つ裂きの理由3:ハクには帰る場所がない
3つ目の理由としてあげられるのは、ハクには帰る場所がないということです。
千尋がハクの正体を思い出すシーンでは、「琥珀川は埋め立てられて今はもうない」ということを述べています。
つまり現実の世界の琥珀川は存在しないため、ハクはこの世界から出られないのではないかと解釈されています。
ハクの八つ裂き説への反論
しかし、必ずしも同じ姿で元の世界に戻るとは限りません。そもそもハクたちがいる世界は神様たちの安息所となる不思議な世界です。また千尋が電車に乗るシーンの川は「三途の川」と言われていたり、油屋で働く従業員たちも本来は別の姿と言われるようにあくまでこの世界で形作られているものが、別の世界でも同じとは言い難いです。
そのため、ハクも元の「琥珀川の主」としてではなく、別の姿として元の世界に戻るということも言えるのではないでしょうか。
ハクの八つ裂きの理由4:ハクは自分の本名を渡した?
さらにもう一つの理由として、
「千尋は本名を渡していない(誤った名前を書いている)が、ハクは本名を渡してしまったため、湯婆婆の契約からは逃れられない」
という意見があります。
確かに千尋は契約書に書いている名前が違うという話は有名ですし、事実です。
ハクの八つ裂き説への反論
しかし反対に「ハクが契約書に本名を書いている」というシーンはどこにも描かれていません。そのため、
- もし、ハクが本名「ニギハヤミコハクヌシ」ではなく「琥珀川(こはくがわ)」と書いていたら?
- 千尋と同じように、一部の漢字を間違えて書いていたら?
というような仮説も考えられます。そのため必ずしも「ハクが湯婆婆に本名を渡した」とは断言できないといえます。
さらに評論家・文筆家である岡田斗司夫氏のニコ生・岡田斗司夫ゼミ「『千と千尋の神隠し』を読み解く13の謎[前編]」では、千と千尋の神隠しの絵コンテが紹介されています。その中には次のようなセリフがあります。
> 釜爺:この判子は恐ろしい。魔女の奴隷の判子だ。
> 千尋:私、もう奴隷かと思ってた。みんな奴隷労働させられてると思ってた。
> 釜爺:ふん! 俺達はれっきとした労働者だ! 自分で決めて、ここで働いているんだよ! 風呂屋にいるのも出ていくのも自由さ! 本当の名前は魔女に秘密にしているからな!
引用元:https://note.com/otaking/n/n1e4265aba064
このシーンはカットされてしまったそうですが、注目していただきたいのは釜爺の最後の言葉。
本当の名前は魔女に秘密にしているからな!
引用元:https://note.com/otaking/n/n1e4265aba064
さらに風呂屋を出ていきたければ、いつでも出ていけると断言しています。もちろん、釜爺の強がりといえばそれまでなのかもしれませんが、少なくとも「ハクが湯婆婆に本名を渡している」という説よりは信憑性は高いのではないでしょうか。
ハクの八つ裂き説を否定したい3つの理由
ここからは、個人的には八つ裂きされたとはどうにも思えない理由を、映画で描かれるシーンから推察される考察を述べていきたいと思います。
ハクの八つ裂き説を否定する理由1:千尋が元の世界に帰れた条件から考えてみる
まず、なぜ千尋が元の世界に帰れたのか、その条件から考えていきたいと思います。
条件1:自分の名前を忘れなかった
まず1つ目の条件は自分の名前を忘れずに覚えていたこと。
「名前の重要さ」は劇中で何度か述べられており、元の世界へ戻るには自分の名前を忘れずにいることが必須条件であることがわかります。
しかし名前を忘れずにいるだけでは、元の世界へ帰れないと考えられます。なぜなら千尋は、途中一時的に自分の名前を忘れかけていたものの(ハクのおかげですぐに思い出す)、基本的に自分の名前を忘れてはいません。
そのため「自分の名前を忘れず覚えている」だけでは元の世界へ戻ることはできないと考えられます。
条件2:大切なものを見抜き、救った
この映画のテーマの一つには「自分にとって本当に大切なものを理解し、見抜くこと」があると思います。
例えば映画の後半、坊の正体がすり替わっているにも関わらず(正体は三つ頭)、積み上がった砂金に満足げな湯婆婆に向かってハクはこう言います。
「まだ分かりませんか?大切なものがすり替わったのに」
映画『千と千尋の神隠し』より
そう言われた湯婆婆は、迷わず砂金をチェックします。気づかないどころか、坊より砂金のほうが大事なんですよね(笑)(こういったさりげない態度でその人の本音がわかってしまうのが恐ろしい!)この後ようやく坊の正体に気づくと、砂金もボロボロと崩れ去ります。
さらに別のシーン。千尋がカオナシに砂金を差し出されるシーンでは、千尋は砂金を受け取りません。加えて、
「私がほしいものは、あなたにはぜったい出せない。」
映画『千と千尋の神隠し』より
とカオナシに言います。千尋は自分がほしいものを明確にわかっているんですね。そしてそれは砂金ではなく、カオナシが出すことができないものであることも。
千尋の大切なもの。それは「千尋の両親」です。
そもそも豚にされてしまった両親を救うために、過酷な油屋に飛び込み、働いているのです。
物語の終盤、銭婆の元から帰ってきた湯婆婆は、千尋にたくさんの豚たちの中から両親を見抜くよう言います。そして千尋は見事に「この中に両親はいない」と言い当てます。そうすることで湯婆婆との契約は無効化され、元の世界へ帰れるようになるのです。
このように名前を覚えていたことに加えて、「大切なものを見抜き、この世界から救い出した」ことによって湯婆婆との契約は無効化されました。
ではハクはどうでしょうか。
ハクも大切なもの(千尋)を見抜き、最後まで守り抜きこの世界から救い出しました。さらに千尋を助けることによって、自分の本名を思い出しています。
このようにハクも千尋が帰れたときと同じ条件が揃っています。
ハクの八つ裂き説を否定する理由2:ハクの発言から伺える覚悟
2つ目の理由はハクの発言です。ハクは千尋との別れの際こう言います。
「私は湯婆婆と話をつけて弟子をやめる。平気さ、ほんとの名を取り戻したから。元の世界に私も戻るよ」
映画『千と千尋の神隠し』より
これまで湯婆婆の弟子として仕えてきたハクですが、この発言では、湯婆婆と縁を切ることを覚悟していると捉えられます。
またカットされた釜爺のセリフを本当だとすれば、湯婆婆との契約は自由契約のため自分の意思が決まれば、いつでも出ていけるということになります。
それまで自分の名前も、本当に大切なものが何かも忘れてしまっていたハクが千尋と再会することによってこの2つを思い出し、そして油屋から出ていくことを決意した。と考えられます。
ハクの八つ裂き説を否定する理由3:坊の発言
坊の発言も見逃せません。坊は湯婆婆が最も大切にしている存在です。登場時は、湯婆婆に溺愛され部屋の中で好きなものを与えられて、好き放題過ごしていました。
突然現れた千尋に遊び相手になってほしいと駄々をこね、言うことを聞かないと腕をへし折ると脅しまでする凶暴な子供です。
しかし銭婆にねずみに姿を変えられ、千尋とともに彼にとって初めての世界に繰り出すことで、大きく成長します。
これまで湯婆婆に「外の世界にでれば病気になる」と歪んだ愛で支配されていましたが、最終的には千尋の助けを借りずとも一人で歩けるほど成長します。
そんな坊が、湯婆婆が千尋に怒りをぶつけるシーンで湯婆婆に向かってこう言います。
「千を泣かしたらばぁば嫌いになっちゃうからね」
映画『千と千尋の神隠し』より
溺愛する坊のまさかの発言に湯婆婆は虚を付かれます。
この後千尋はみんなに笑顔で送り出されますが、もしハクが八つ裂きにされるとなると、湯婆婆は坊や他の従業員たちから大ひんしゅくを買ってしまうのではないでしょうか。だってみんな千尋が大好きだから。
それに千尋と一緒に銭婆のところへ行き、千尋の発言やハクとのやりとりを見ていた坊が、千尋が大好きなハクが八つ裂きにされているのを黙ってみているとは思えません。
湯婆婆も、坊や従業員たちに隠れてハクを八つ裂きにするほどセコい人とも思えません。(それでとんでもなく儲けられるのならやりそうだけど)少なくとも一時期的な怒りに駆られて自分の立場を悪くするほど情緒的なキャラクターには見えません。
これらの理由から、千尋を助けたハクに危害を加えるということは考えにくいと思ってしまいます。
「ハクの八つ裂き説」はあくまで都市伝説
千と千尋の神隠しのキャラクターハクが八つ裂きにされていない理由を考察しました。
フィクションは人によって解釈が異なります。特に千と千尋の神隠しのような抽象度が高い作品はその傾向があるといえるでしょう。作品の解釈や正解は一人一人違うものであって、何が間違いで何が正解とは断言できるものではないでしょう。
しかしハクの八つ裂き説はあまりに意見が飛躍しており、その意見を支持する根拠はあくまで噂レベルのものしかなかったため、今回は映画で描かれている事実をベースに「ハクの八つ裂き説」を否定してみました。
千と千尋の神隠しでは「言葉の重み」がテーマになっているにも関わらず、噂をさも本当かのようにまとめた記事も多々あり、ちょっと複雑な気分でした(笑)一つの噂を鵜呑みにするのではなく、あらゆる情報を多面的に見ることが重要だなと感じました。この記事を見て、新たな気づきを得てもらえたら嬉しいです!
参考書籍・映像
コメント